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放送開始当初こそ視聴率は

放送開始当初こそ視聴率は苦戦を続けたが、回数を重ねる毎に少しずつ上昇していき、番組終了までに最高で20%台を達するまでになった。視聴率としては高いとは言えないが、当時の状況を思えば大健闘の数字である。このため、当初は3ヶ月・13回の放送予定を、半年・26回に延長した。

最終回で寅次郎は、ハブ狩りで一儲けしようと奄美大島に出かけるが、そのハブに噛まれて死んでしまう。寅次郎を死なせたことで、視聴者からはテレビ局に抗議の電話が殺到、これが映画化に繋がった。しかし、当時はまだテレビ番組の地位が、映画から見てかなり低く見られていた時代であった。松竹は、テレビ番組の映画化に難色を示していたが、山田洋次と松竹プロデューサー上村力の説得に折れる形で映画化された。

テレビ版の映像は、フジテレビのライブラリーには第1回と最終回だけしか現存していない。その理由としては、以下の事柄も関係している。
絵葉書
幹太の自給自足
汽車ポッポ
貴美の日記
鬼嫁日記
牛屋の小言
胸の光
近畿ウェブ伝説
空の境界雑学
結愛のセレブ生活
月子のの日記
五稜郭タワー
幸福生活ライフ情報
高原列車
妻の生活の技
咲希ちゃんのママ
三毛猫
枝豆の暮らしの営み
時計草
七色の虹

当時のVTRの規格が2インチで、機器・テープ共に高価だった。
当時は著作権法などの絡みで、番組の資料保存が制約されていた。
番組保存の概念が希薄だったことや、白黒番組が二次使用で商売になることは想定しなかった。
そのため当時、ビデオテープは放送後に使いまわされるのが普通であった。現在、全話の再放送および全話収録の完全版映像ソフトの製作・発売は不可能とされている。

現存する第1回と最終回については、1997年2月にフジテレビよりVHSで、2008年8月に松竹よりDVDでソフト化された。これらのビデオソフトでは、欠落した回も写真で紹介するほか、スタッフによる企画の誕生などのエピソードが収録されている。また、横浜市にある放送ライブラリーでは、第1回を閲覧することができる。

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2009年11月30日 01:10に投稿されたエントリーのページです。

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